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小説や映像においてヴァンパイアという存在は恐怖と魅力に満ちています。
もともとヴァンパイア信仰はキリスト教と結びついているのですが、そのセンセーショナルな部分のみを拝借してストーリーを構築しているせいかもしれません。
架空の吸血鬼存在をあげると、ルスヴン卿(吸血鬼:ジョン・ポリドリ)、カーミラ(吸血鬼カーミラ:シェリダン・レ・ファニュ)、ブルンヒルダ(死者よ目覚めることなかれ:ヨハン・ルードヴィッヒ・ティーク)、レスタト・ド・リオンクール(夜明けのヴァンパイア:アン・ライス)、シャンブロウ(大宇宙の魔女:C.L.ムーア)等、枚挙にいとまがありません。
しかし、最も有名なのはドラキュラ伯爵(吸血鬼ドラキュラ:ブラム・ストーカー)で間違いありません。
ドラキュラ伯爵を主人公にした映画が多数作られ、大人気となったせいもあると思います。
ドラキュラ伯爵と名前を聞けば、最近では不死身のヴァンパイア・ハンター「ヴァン・ヘルシング」の名前を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
しかし、原作の「吸血鬼ドラキュラ」はドラキュラ伯爵に襲撃された2人の女性とその婚約者らの戦いの物語であり、ヴァン・ヘルシングはドラキュラに対立する陣営に属しているメンバーのいち研究家にすぎません。
では、強大な特殊能力を持つヴァンパイア・ドラキュラ伯爵に対して、ヴァン・ヘルシングはどのような戦いを挑んだのでしょうか?
まずは「ヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターとは何なのか?」ということから見ていくことにしましょう。
ヴァンパイア vs ヴァンパイア・ハンター
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英国では真面目にヴァンパイアについて研究している人もいるそうです。
昨年、1万5000人ものヴァンパイアが普通に暮らしているとして話題になった心理カウンセラー、エミール・ウィリアムズ博士のことは記憶に新しいですね。
そもそもヴァンパイアとは動く死体のことで、東欧の民間伝承(スラブ人やジプシー伝説 等)と死の恐怖や血液信仰から生まれたと言われています。日本の妖怪と大差はないと思われますが、キリスト教の血液信仰もあって、強く人々の心に根付くことになりました。
興味深いのはスラブ人の伝承の中に善悪の対決を描いた伝承があることです。
それが、悪の象徴の吸血鬼「クドラク」と善の象徴「クルースニク」の対決です。
この伝承は善悪の対立という構図をもっていることから、勧善懲悪主義になれた日本人には理解しやすいと思います。
この「クドラク」vs「クルースニク」の伝承も、必ず「クルースニク」が勝つことになっているそうです。
このような伝承を土壌としてヴァンパイア対ヴァンパイア・ハンターの構図が生まれたと言えます。
さて、ヴァンパイア・ハンターと言えば菊地秀行の「ヴァンパイア・ハンターD」を思い出します。「D」はダンピール(吸血鬼と人間の混血)という設定になっています。
このダンピールの設定は菊地秀行が考案したものかと思い込んでいましたが、今回の記事を書くにあたって、ダンピール伝承がセルビアのジプシーの伝承の中にあることを知りました。
その伝承では、ダンピールだけが吸血鬼と戦い、退治できるとされています。
「吸血鬼ドラキュラ」の対決構造
では、本題の小説「吸血鬼ドラキュラ」のことに移りましょう。
ブラム・ストーカーの小説は、若い方が読むと少し読みにくいかもしれません。
それというのも、ストーリー展開が日記や新聞をつなぎ合わせたような形式になっているためです。
実際にストーリーに感情移入するというよりは、客観的に物語を俯瞰するような感覚にとらわれます。
一方では、序盤の気味悪さが薄れてちょうど良いとも言えるかもしれません。
ここで、登場人物を分かりやすく「ドラキュラ vs ヴァン・ヘルシング」という構図でまとめておきます。
ドラキュラ陣営
ドラキュラ伯爵:ヴァンパイア。トタンシルヴァニアに住んでいますが、イギリス・ロンドンへ活動の拠点を移そうとします。
ドラキュラの3人の花嫁:序盤でジョナサン・ハーカーを襲う、恐ろしい吸血鬼たちです。
レン・フィールド:セワードの患者。異常行動の裏に血液信仰を秘めています。そこをドラキュラ伯爵につけこまれ、利用されることに。
ヴァン・ヘルシング陣営
ミナ・マリー(ハーカー):本編のヒロイン。ロンドンに住んでいます。ジョナサン・ハーカーの婚約者。後に結婚。
ジョナサン・ハーカー:ミナの婚約者。弁理士。この物語はジョナサンがロンドンからトランシルバニアのドラキュラ伯爵居城に呼ばれるところから始まります。
ルーシー・ウェステンラ:ミナの友人でドラキュラ伯爵の最初の犠牲者になってしまいます。
アーサー・ホルムウッッド(ゴダルミング卿):ルーシーの婚約者。ジャック・セワードとキンシー・モリスと共にルーシーに求婚。ルーシーの心を射止めた。
ジャック・セワード:ルーシーへの求婚者の一人。精神病院の院長。ルーシーの状態を見かねたセワードは恩師のヴァン・ヘルシング教授をアムステルダムから招きます。
キンシー・モリス:テキサス出身のアメリカ人。大地主である。ルーシーへの求婚者の一人。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシング:未知の病の権威。ヴァンパイヤの生態にも詳しい。アムステルダム大学名誉教授。
対決ストーリーの概略 伯爵がロンドンへやって来た後より
ルーシーの謎の衰弱を心配したセワードがヴァン・ヘルシングを呼び寄せるところから、吸血鬼ドラキュラ伯爵の仕業が明るみに出ていきます。
しかし、ルーシーを助けることができず、ルーシーまでが吸血鬼に…
ルーシーを失ったホルムウッド、セワード、モリスはヴァン・ヘルシング、ジョナサン・ハーカーと共にドラキュラ伯爵と戦うのですが、レン・フィールドを利用したドラキュラ伯爵はミナをもその毒牙にかけてしまいます。
ミナが吸血鬼になってしまう前に、ドラキュラ伯爵を倒さなければ…
ドラキュラ伯爵と恋人を失った男たちの最期の戦いがはじまります。
(結末は小説を読んでね)
知力を持ってアドバイザーとして闘う ヴァン・ヘルシング
2004年の映画「ヴァン・ヘルシング」でヒュー・ジャックマンが演じたヴァン・ヘルシングはヴァンパイア・ハンターであり、不死身の狼男(堕天使ガブリエル)でした。この小説とは全くかけ離れた存在です。
ブラム・ストーカーの原作小説のヴァン・ヘルシングは、どちらかというと脇役という感じの地味な医師であり、吸血鬼研究家としてアドバイザーの役割を演じています。
ヴァン・ヘルシングは吸血鬼研究によって知った弱点であるニンニク、十字架、聖餅、杭等をもって、ハーカーらと共にドラキュラを封じ込める戦いを展開します。
なかでも効果的だったのが聖餅による棺の浄化でした。
それによってドラキュラは追い詰められ、ついにはロンドンからトランシルバニアに逃げ帰るよりほかはありませんでした。
※聖餅(communion wafer)
最後は犠牲を伴うものの、ドラキュラが居城へ逃げ込む前に決着を見ることになります。
派手さはありませんが、弱点をつく戦いや、恋人を失った男たちとの団結の力といった泥臭さが、「吸血鬼ドラキュラ」を今もなお名作として残し続けている理由かもしれません。
天敵としての認識もあるヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターですが、この小説では少し違ったハンター像が、虚構の中にリアリティーを作り上げているのでした。
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